by 山田智也 2024年7月25日 ≪Column vol. 6≫
庭のクルミの木にミンミンゼミが鳴き始めました。いよいよ梅雨明けでしょうか。朝6時前から鳴き始めることもあるので天然の目覚まし時計としては優秀ですが、セミも気まぐれ、鳴いてほしいときは静かで、止んでくれよというときには永遠と鳴き続けます。耳をすませば、ジリジリと鳴き続けるアブラゼミはこの時期、常に何処かで聞こえます。ちょっと林に行けば、ヒグラシやニイニイゼミもいます。そして夏も終わりに近づく頃には、ツクツクボウシやクマゼミの登場です。日本の夏はセミに始まりセミに終わり、秋のスズムシたちにバトンタッチといっても過言では無いかもしれません。
新聞で「うな重に価格革命」という記事を目にしました。夏になると、街中の飲食店でのうなぎの広告が目に留まります。 元々は旬ではない夏にうなぎを売るために始まったとされる土用の丑の日のことはあえて省略しますが、いまカジュアルな価格帯で提供するうなぎの専門店の出店が増えてきているようです。安さを実現するために、厨房を職人不要にすること、海外で養殖されたうなぎを現地の工場で捌いて蒲焼きした状態で冷凍し、注文ごとにオーブンで焼くだけという仕組みをつくり、ここ1年半で全国200店超に拡大した会社もあるようです。
「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」と言われているうなぎの修行。料理の世界でも、そして建築の世界でも、いわゆる「職人」という肩書きはいずれは無くなってくるのでしょうか。もしくは、職人という響きだけで信頼感が増すイメージを持っている世代の人間が時代と共に少なくなっていく傾向にもあるのかもしれません。
私もつい最近、横浜でとあるチェーン店のうなぎ専門店に初めてふらっと入り、うな重を頂きました。価格の割にといっては大変失礼ですが、大きなウナギでフワフワと美味しく頂きました。店内のメニューには「当店のうなぎは日本国内よりも厳しい基準で飼育された海外産のうなぎを厳選して仕入れています。」というような一言が書いてありました。食べ終わったときも、この言葉にどうしてもひっかかり、改めてうなぎの養殖について調べてみると、いろいろな事実がわかりました。
絶滅危惧種に指定されているニホンウナギの完全養殖は2010年に近畿大水産研究所で世界で初めて成功しているようです。しかしコスト面が高いのでまだ私たちの食卓に並ぶまでには至っていないとのこと。そもそも、ニホンウナギは南太平洋、アメリカ領グアムの近く、マリアナ海嶺で孵化し、稚魚であるシラスウナギはフィリピンから台湾を通り成長しながら黒潮に乗って日本にたどり着くようです。このシラスウナギの漁獲高は年々減少し、今年は1キロあたり250万円という値がつき、過去最高に次ぐ価格だったようです。国内産のニホンウナギの養殖を可能にするには、このシラスウナギを捕獲して日本に持ち帰るか、他国が捕獲した稚魚を輸入しなくては成り立ちません。水産庁によると、そのほとんどは中国・台湾が捕獲し、香港を経由して日本各地の養殖地にたどり着いているようです。
今、国内スーパーでよくみる中国産の大きめのうなぎの品種は、ニホンウナギではなく、ヨーロッパウナギやアメリカウナギという品種であることが多いようです。ヨーロッパウナギの稚魚は北大西洋の海の海流で育ち、スカンジナビア半島、イギリス、スペイン、フランス、イタリアや北アフリカにまでヨーロッパを中心にいろいろな地域の川に戻り生息し、一部はアメリカ大陸にも生息しているようです。そして、これらのウナギが主に中国で捌いて蒲焼になった状態で冷凍されて日本向けに輸出されるようです。
ワシントン条約では輸出許可書を発給しないことにより実質的に輸出を禁止しているはずのヨーロッパウナギが、モロッコやチュニジアから中国、そしてアジア諸国(日本も含めて)に再輸出されていることも発覚し、またニホンウナギの稚魚、シラスウナギも漁獲高の半数程度が未報告の密輸状態であるとの情報がWWF(世界自然保護基金)によると報告されている事実もあるようです。
共通して言えることは、天然のうなぎは、地球上のさまざまな海で孵化し、成長をしながら多数の国と地域の河川にたどり着き生息します。それが、稚魚の段階で捕獲されると、最終的に養殖されて出荷される国が産地となり、また特に品種までを問われることなく市場に出回るようです。もちろん、養殖場によって飼育する環境や餌も違うでしょうからなんとも言えませんが、調べれば調べるほど、気になってしまいます。回遊魚であるマグロが水揚げされた港が産地となるような感覚で考えればよいのかもしれません。
そういえば以前、海外からの友人のリクエストで回転寿司チェーンで食事をしていたときに「やっぱり日本の魚は鮮度が違うねえ、どれを食べても美味しいよ。」と言われて、素直にそうだよね、とは言えなかったことを思い出します。考えてみれば、サバやサーモンはノルウェー、タコはモーリタニア、ヤリイカはアメリカ、マグロはインド洋、ウニはロシア産(このご時世、ロシアや中国は日本の海産品の輸入はストップなのに日本は輸入しています)などなど、日本の食卓は、既に日本近海ものだけでは成り立たちません。
地域に根ざした寿司屋、蕎麦屋、天ぷら屋、居酒屋、焼鳥屋、そして今日のトピックである鰻屋の将来のことをイメージすると、後継者がちゃんと育っているのかと心配になってしまいますが、同時にお店に通うべき我々お客の方も育っていかなくてはいけないと思いました。
早くて安くて、それなりに美味しくて、ということは、やはりそれなりの背景があるのだなあと、あのうな重を食べたときに考えさせられました。トレーサビリティという言葉が流行ってますが、やはり顔を知っているのと、そうでないのとでは大違いです。
出かける前に、ちょっと店主の顔を思い浮かべて、よく考えてみる。外食の回数を減らしてでも、顔の見える、こだわりを持った
馴染のお店に通い続けることによって、毎度どうもと、頂くお料理の味に安心する気持ちと、心に染みる深みが増すのではないでしょうか。